<2006/06

   Jリーグと私    

jリーグの旗 え〜、何と申しましょうか。一時の勢いはドコへやら。スッカリ誰一人訪れるコトの無くなったフットボールページを更新してみようという気になったのは先日、山形までJリーグの試合を見に行ったからでゴザイマス。

 振り返ってみると直近で更新したのが2006年の6月となっている辺り、完全にWM06の真っ最中だったんですけれども、開催国&マイ心のチームドイツが3位なんて言うイマイチ残念な結果になってしまったせいか、ヤッパリ更新する気力はなかった様です。振り返ってみると2年と9ヶ月ぶりなワケですが、まぁ何て言うか3年目の気まぐれとでも言えそうな気が。

 2008年の秋口でしょうか。当時J2に所属していたモンテディオ山形がですね、遂に悲願のJ1昇格を果たしまして、いやぁ良かったね山形。東北の誇りだよ。秋田にも見習って欲しいね!なぁ〜んてまるっきり人ごとの様にコノ事実を受け止めたワケなんですけれども、なにげにJリーグのスケジュール表なんかを眺めてみますと、09シーズン第2節、山形のホームゲームに名古屋が来る!なぁ〜んて書かれているじゃないですか。

 ソレを見たワタクシはですね、急になんて申しますかそのぉ、モノスゴク身近にですね、山形のJ1昇格と言うモノを感じたワケです。

 秋田に住んでいるワタクシが気軽にJリーグに触れる機会があるとすれば、Jリーグ創世記の頃ですか、出資母体の関係もあって東日本全域をホームタウンにします!とか宣言していたジェフユナイテッドがですね、数年に一度秋田に訪れるのを首を長ぁ〜くして待ち続けるしかなかったワケなんですけれども、最近じゃぁパッタリとですね、ジェフが秋田にやってくるコトも無くなってしまいまして、最後にワタクシが秋田でJリーグの試合を観たのは…と色々なモノを紐解いてみますと、2001年の4月に迄遡ると言うから、コレには本人が一番驚いています。

 今や日本代表のエースとなった中村俊輔と、当時売り出し中の阿部勇樹の2人によるFK対決や、チェヨンス対川口によるジュニアユース代表時代からの因縁など、まぁ事情をある程度知ればソレなりに楽しめた感じがしないでもありませんが、結局なんて言いますか、純粋にゲームとして盛り上がったかと聞かれればソンナことは全くなく、Jリーグとか言ってもコンナモノなのかなーとか勝手に思っておりました。

 その後ですね、秋田に近いトコで言えば仙台やら新潟やらがJ1に昇格したんですけれども、少しでも安く挙げようと思って車で仙台までJリーグを観に行くには高速代がかかるし、新潟なんて片道6時間もかかるし、そんな苦労をした結果お目にかかれるのがあんな感じのモノなのか?とか考えちゃったらですね、Jリーグ観に行きたい!なぁ〜んて気持ちにはコレっぽっちもならなかったワケです。

   名古屋と私   

名古屋 ワタクシが名古屋グランパスを好きになったのはですね、Jリーグ開設当初にイングランドの英雄リネカーが所属していたからでありまして、でも肝心のリネカーは怪我ばっかりで殆ど試合に出場したコトは無かったと言う七不思議。一度国立までアレは名古屋対浦和の試合だったでしょうか。Jリーグのお荷物同士による最弱王決定戦を観に行ったコトがあるのですが、フィールド上でダラダラ繰り広げられているゲームよりも、スタンドで観戦しているリネカーのコトばっかり観ておりました。

 コレで入場料の元は取った!とかワケの解らないコトを喋りまくっておりましたが、当時から既にですね、試合のレベルはともかくとして、スタンドの応援風景は完全に、ヨーロッパのスタジアムのムードを醸し出してるなぁ〜とか思ったモノです。って、海外にサッカーの試合を観に行ったコトって一度もないんですけれども。

 いやそれにしても、Jリーグ開幕当初は浦和・名古屋・G大阪と言えばJリーグの3大ゴミ虫とか言われておりまして、常にコノ3チームによる最下位争いが展開されていたワケなんですけれども、何を間違ったのか今やコレらのチームは日本を代表してアジアチャンピオンズリーグなんかに出場したりなんかしちゃいまして、当時のサッカーファンにですね、例えばタイムスリップなんかしたワタクシが、浦和とG大阪は将来アジアチャンピオンになりますよ!とか耳打ちしたトコロで、アソコに良い医者がいるからと、哀れみをタップリと含んだ眼差しを受けるのがオチかと。

 ソレはさておき、給料泥棒(笑)リネカーが去った後は、浦和がいるから最下位にならずに済んでいるとの評判を受けていた名古屋を一転、優勝争いが出来るレベルまでに仕上げたベンゲル&ユーゴの星”ピクシー”ことストイコビッチの織りなすスペクタクルなサッカーに魅了され、スッカリ名古屋ファンになってしまったのですが、その名古屋が秋田の隣の山形に来ると言うのですから、俄然行きたくなって仕方なくなるのもやむを得ん、と言うモノでしょう。

   山形と私   

山形 山形に対してワタクシが初めて激しく興味を示したのは、柱谷幸一が監督に就任してからです。選手時代の幸一をワタクシも知らないワケではないのですが、ワタクシがハッキリ言って幸一を好きになったのはですね(ぽっ)、94年アメリカワールドカップアジア最終予選時に於ける、TV解説を目の当たりにしたからです。

 当時の幸一は代表選手は引退していたモノの、いぶし銀的なプレーでチームを引っ張るベテラン選手的ポジションにいたとは思うんですけれども、解説って言うのは完全に初めての仕事だったんじゃないかなーって感じです。元日本代表FWとは言え、特に喋りが得意そうには(ワタクシの独断ですが)感じられない人を、何故解説として起用したのか不思議だったんですけれども、ソノ時の日本代表キャプテン柱谷哲二の兄だからと言う単純な理由での人選だったのではないかと、今でもワタクシは信じて疑いません。

 って言うか解説と言うよりも、試合が終わった後の日本でのスタジオ中継担当で、アナウンサーから色々なコトを振られる度に答えていくんですけれども、何て言いますかソノ喋り方がですね、ちょっとニヤつきながら語尾に必ず『でへでへ』と付く様な印象でして、楳図かずおと今で言うとウド鈴木が良い感じで素敵に混ざりあっている様ないない様なソンナ感じでゴザイマシタ。って言うかワタクシ的にはウドちゃんを初めて見た時、『ん?幸一!?』とか思ってしまったぐらいの衝撃でした。

 ソンナ幸一がですね、山形に監督としてやって来るって言うから一体大丈夫なのか?他で監督経験もないのにイキナリJ2なんかホントに良いのか?なぁ〜んてコトを思いながらも生暖かい目で見守ったりしているとですね、気が付くとそのシーズン、コノ試合に勝てばJ1に上がれる!ってポジションに付けているじゃないですか。

 幸一、スッゲェ〜なぁ〜。やっぱヤルんだなぁ〜、ワタクシの認識は完全な色眼鏡だったんだなぁ〜とか思っておりますと、結局最終節を90分で勝ち切れず、J1昇格を目前にして逃してしまうと言う悲しい目に。しかしコレでですね、ワタクシの目も世間の目も、そしてサッカー関係者の目も俄然山形と柱谷幸一に注がれまして、川渕なんかは一時ですけれども柱谷幸一をですね、将来の日本代表監督候補(マジ?)って言ったこともあるから驚きです。このコトを覚えている人は少ないと思いますけれども。

 スンゴイあやふやな記憶なので確かなモノじゃないんですけれども、10チームで始まったJリーグで最下位であるトコロの10位になった浦和にですね、当時幸一が所属しておりまして、インタビューかなんかされた時に、『コレ以上の下は無いですからね!』と冗談交じりにも前向きに行こう!と言う気持ちを吐露したんですけれども、次のシーズンは2チーム増えての最下位だったので総合12位になり、コレ以上の下はあった!さすが幸一!と、当時のワタクシはうなった様な記憶があります。

 幸一が山形の監督を辞めて以降、ワタクシの山形への興味もスッカリ薄れてしまったワケですが、山形宿願のJ1昇格に伴い、ワタクシもモンテディオ山形のスタジアムへ行きたい!と言う願望が(名古屋目当てなんですけれども)ムクムクと込み上げてきたワケです。

   友人Kと私   

 1人で山形までサッカーを観に行くのは寂しいと感じたワタクシは、同じようにサッカー好きの友人Kを誘ったんですけれどもコノ友人Kと言うのがですね、二つ返事で観に行く!と言ったクセにナカナカ次のステップに進もうとしない感じでして、ワタクシの言う次のステップとはどう言うモノかと申しますと、チケットを買いに行こう!とか、当日は何時に出発しよう!とか、せっかく山形まで行くんだからドコソコで美味しいモノでも食べよう!とか言う何て言うんですか、プチ旅行の前の楽しい打ち合わせタイムとかフツーだったらあるじゃないですか。そう言うトコロへナカナカ進まない辺り、あ〜コリャ行く気無いんだな、あの時は口先ダケだったんだなと、半ば諦めていたトコロでした。

 まぁそう言えば試合日であるトコロの3月14日は世間的にはホワイトデーなので、なんだったら別にそっちのイベント的な感じの日にすれば良いや!とか思っていた3月13日の夜、突然ソノ友人Kからメールが来ましたよ。

 『明日、何時に出発する?』

 と、コチラから何度も連絡したのを知らん顔で、ようやく来た連絡がメールでしかも前日の夜でコノ短さってどう言うコトだ?と、もしコレが他の人物ならば烈火の如く怒鳴りつけてやるトコロなんですけれども、そう言うキャラクターの持ち主だと言うコトは解った上で誘ったのだしと、努めて冷静に振る舞いつつ改めてコチラから電話で連絡を取った結果ようやくですね、山形まで出発するタメの段取りを組むコトが出来る様になった次第です。しかもですね、もうチケットは買ってあるとか言い出すんですよ。

 何じゃソリャ…と思いながらも、慌ててモンテディオ山形のホームスタジアムであるトコロのNDソフトスタジアム山形までの道順であるとか、ドレぐらい時間がかかるモノなのか、片道4時間チョイかかるのならば逆算して出発時間は…とか、だったらお昼ゴハンは…とか一気にワタクシが考えてですね、なんとか出発するための算段が整った次第です。

   ドライブと私   

 電車でゆるぅ〜く行くとかって希望も友人Kからあったのですが、コレも(ワタクシが)マタいらないコト考えやがって!と思いながら調べてみますと片道\3,000以上かかるそうでして、しかも乗り継ぎが悪ければ1時間もの空白が発生すると言う、コレはもうワタクシ的にあり得ないコトでして、車で行こうよ。ガソリン代も1人当たり今だったら\1,500位で往復できるよ!等と説得に当たったのでした。

 本来車で知らない土地へ行くのならば、カーナビを装備している友人Kの車で行くのがベストなのですが、電車で行こうとか言い出したのを曲げて車で!と言ってしまった手前、社会的な判断としてワタクシの車で秋田←→山形間を往復するコトにしたのです。

 地図を見てみますと、てっきり山形市にあるとバッカリ思っていたNDソフトスタジアムは実は天童市にあり、国道13号線沿いと言っても過言ではないトコロにあるみたいでして、コレならばカーナビなんかなくっても大丈夫!と、意気揚々とアクセルを踏み込みました。

 4時間位で着くケド、ゴハンも食べなきゃだし何かとしたいコトもあるに違いないと考えたワタクシはですね、試合開始は16:00だケド、カナリ余裕をみてソノ6時間前には出発致しました。

 途中、時間的&場所的に湯沢でお昼ご飯タイムになり、ワタクシ的には前もってココに行きたい!って店があったんですけれども、最近定食とか丼モノとか食べたい感じになってます!とか言う友人Kの一言で却下。ユラユラと柳の様に揺れているかと思えば、あるトコロになると突然一切何も譲りませんぜ!と言う態度に豹変するのは長い付き合いで解っているのでコチラもアッサリと引き下がったのです。

 じゃぁ何が食べたいのか聞くと、少し考えた後ですき屋も良いかも!とか言い出しまして、せっかく湯沢にいるんだし、秋田市内でも食べられるんじゃない感じにしたいなと思ったワタクシですが、まぁコノ際すき屋にするか!13号線走っていればソノ内見えてくるんだろう!とか思いつつハンドルを握ってみるも、気が付くと湯沢市の終わりの辺りにまで来ているコトに気付きまして。

 もしかして湯沢にすき屋無いんじゃない?あっても国道沿いじゃ無いんじゃない?とか思ったのですけれども、すき屋で食事をするタメに今から引き返すのもなんだしとか思っていると、いかにも友人Kが望んでいそうな定食とか丼モノを出してくれる感じの食堂があったので、ソコでようやく昼ご飯を食べるコトが出来まして、ホッとすると同時にコレからの道中の大変さ加減がヒシヒシと感じられ、やや食が細くなった様なならなかった様な。

 まぁ大体がコンナ感じで進んでおりまして、山形県に入ってからもですね、特に用があるワケでもないから寄らないよね?とか言っていた道の駅に寄ってみたり、色々と下らない出来事があったりして、NDソフトスタジアムが視界に入って来た頃には、試合開始前1時間を切っておりました。

 スタジアム傍には6,000台置ける無料駐車場があるとのコトだったのですが、結構時間がおしていたので空いてないんじゃないだろうかとか思いながらソロソロと進んでみたトコロ、ソノ敷地内にはマダマダ全然余裕がある様に見受けられたので安心して車を停め、スタジアムへと向かったのです。

   スタジアムと私   

NDスタ スタジアムに着いたのは試合開始の30分位前だったでしょうか。チケットを受け取ったワタクシは、ソコに一般席と書かれているのに気付きまして、ん?と思ったのですが、案の定ソコは完全指定席ではなくてブロック指定の席でした。

 ゴール裏以外は全席指定って感じに慣れていたワタクシとしてはですね、ブロック指定とは言え自由席だったと言う状況にうろたえてしまい、もうコンナ時間に着いても良い席なんかあるワケ無いよーと思いつつ、スタンドの上部へと視線をやり、ドコカ空いてるトコロはないかなーとか探していたんですけれども、友人Kはアクマでもスタンド前列の方にバカリ目をやっており、いやあのさ、今更そんなトコに席なんか無いから、アノ辺にしようよとスタンドの最終列辺りを指さそうとしたトコロ友人Kは何と、最前列から3列目と言う何でココが空いてるのか不思議でたまらない場所を発見し、まんまと2人揃ってソコに座るコトが出来たのでした。

 コレが友人Kの底力か…とか思いながら座ろうとしたんですけれども、丁度そのタイミングで軽くミゾレが降って来たので、来る途中\100ショップで買って来たカッパを着込もうとしたのです。

 が、そのカッパ。ワタクシの身長よりも大きい人用のモノを購入したのですけれども、何て言うか今日はモノスゴク寒くなるのが予想されていたのでアホみたいに厚着をしていたワタクシにとっては小さすぎた様でして、片方の袖は通ったのにもう片方が通らなくて着るのにエライ時間がかかってしまいましたよ。

 座席はワリとキュウキュウだし、フィールド上では選手達が試合前の練習をしているし、ワタクシはモチロン立ちながらカッパを着込もうとしているので、遅く来て良い席座った上に、回りの皆さんの視野を狭くしているしで申し訳ない!とか思えば思う程、カッパに両袖を通すのは、ドンドン難しいコトへとレベルアップして行きました。

 無事にカッパを着るコトが出来、ワタクシの精神的にも余裕が出て来る迄にかかった時間はと言えば、もしかしたら5分位かもしれません。もしワタクシの目の前にカッパを着るぐらいでソンナにもたついている人がいたとしたらソノ間、30回は舌打ちしていたかもしれません。いやもしかしたら実際、ワタクシが気付かなかったダケで、周囲の人達は皆舌打ちしまくっていたのかもしれませんが。

 そう言えば駐車場に車を停めてスタジアムへ向かう途中親子連れがですね、車から降りたバッカリだって言うのにカッパなどを着込んでいたのですが、こういう事情があるからなのか!とココで初めて思い知った次第。次回からコノ様な時は、座席に座る前にカッパを着よう!と学習できたのでココは良しとすべきか。

   メガネと私   

スタジアム ようやく落ち着いたトコロでフィールド上に目をやると、両チームの選手達がアップしている様子を見るコトが出来ました。丁度目の前が名古屋側だったのでウキウキです。名古屋と言えば日本代表GK楢崎とFW玉田がおりまして、更に候補とかも含めると小川・中村・阿部など数名の選手がおりまして、3位でシーズンを終えた昨年の実績から、今年は優勝候補に挙げる人もいるぐらいです。

 で、まぁフィールドの選手達を目で追いかけるワケですが、誰が誰なんだかサッパリ解りません。選手の名前と顔が一致しないとかそう言うコトでは無く、選手の姿がぼやけて見えないのです。高校を卒業した頃からの筋金入りのメガネストなワタクシ的には例えば以前、国立競技場の聖火台の近くで試合を観たコトもあるのですが(おそらく国立で一番フィールドから遠い場所)、それでも選手の判別はついておりまして、ソレに比べてコノ見え無さ加減は何だ!寄る年波には勝てませんとか言うヤツか!

 まぁ当時は結構生で試合も観ていたので、もしかしたら顔は識別できないまでも体型や背番号で解っていたのかもしれませんけれどもしかし、今に於いては背番号すら判別できないってどう言うコトですか。眼鏡ソノモノは替わっていても、度数なんかは変わっていないハズなのですが。今一度眼鏡の視力調整的なコトをするべき時が来ているのかもしれません。って言うかコノ際コンタクトにするか!とか考えてみたり。

 そうは言ってもチャンス的なモノは巡り来るワケで、選手達が練習を終えてロッカールームへ帰って来る時なんか、前列から3席目なのでシッカリと選手達を堪能しましたよ。まぁワタクシの場合、選手よりも監督として名古屋に帰ってきた”ミスター”ことストイコビッッチが一番の目的なんですけれども。

 (一方的に)ミスターと目があった!とか喜んでいるワタクシは、がんがんハートを飛ばしておりました。そんなコトをしております間にキックオフ、試合の始まりとなりました。

   試合と私   

スタジアム 試合の方はですね、序盤から圧倒的に山形が攻め込んでおりまして、再三チャンスを作ります。前節磐田に6-1とかで勝っているのですが、あ〜ソレも解るなぁ〜と言う感じの攻めを続けておりました。サイドから早めにグラウンダーのクロスを入れて中で合わす攻撃を繰り返しておりまして、ソレが何度もシュートチャンスに結びつきます。

 特にですね、韓国人選手のキムの上がりが凄まじく、トイメンの阿部はいわゆるサッカー用語でありますトコロのチンチンにやられまくっている状態でして、ここをどうにかしなきゃなりませんぜミスターさんよ!とワタクシなんか心の中で唱えていたんですけれども、後半の途中でヤッパリ一番最初に交替させられておりましたよ。ワタクシ的にはモチョット早くても良かったんじゃないの!とか思ったりもしましたが、ソコはソレ、ミスターにはミスターの考えがあるコトだしワタクシなどに解るハズもゴザイマセン。

 まぁ阿部はですね、試合前の練習が終わってロッカーへ引き返す時、唯一女子から『あべちゃーん!』とか言う黄色い声援を浴びていたので、良いトコ見せなきゃ!とか思って張り切りすぎていたのかもしれません。

 ワタクシなんかが見る限りですね、名古屋の選手達はコノ寒さに慣れていない感じでゴザイマシテ、ソレを証明するかの様に試合開始から20分位経過してくると、次第に名古屋の選手達の動きも良くなって来ておりました。

 0-0で前半が終わって後半が始まりそうな頃、さっきまではミゾレだったのに、本格的に雪が降ってまいりました。酷い時にはスタジアムの向こうに見えていた山が影も見えない程になっていましたよ。さっきまで一応緑色だったフィールドも今や真っ白です。後半が始まる直前、フィールド脇に見慣れないオレンジ色のボールを発見したのですが、もしかしてアレ使うんだろうかと思っていたら案の定、審判がそのボールを抱えて後半が始まりました。

 大体のサッカーボールは白を基調として作られておりますので、白いフィールド上に白いボールでは判別しにくくなるタメ、往々にしてコノ様に色の付いたボールを使います。とは言え実際に試合で使われるのは珍しく、年に一回見るかどうかって感じです。

 印象に残っているのは10年位前の高校サッカー決勝、帝京-東福岡戦ですとか、もっと以前にはもっと酷い状況だったトヨタカップのポルト-ペニャロール戦なんてのもありましたよ。ポルトがポルトガルでペニャロールがウルグアイのチームで、ハッキリ言って2ヶ国とも雪とは無縁のトコロなんですけれども、前半が終わった時点で主催者判断で中止になりそうだったトコロを選手達の強い意志で続行され、延長でも勝負が付かずにPK戦までもつれた熱い試合でした。

 今思うにアレですよ。雪を知らない地域の方々とか、雪国に住んでいたとしても子供とかだったら雪が降ったらソレだけで大ハシャギしちゃったりするじゃないですか。アレと同じ様な事が起こっていたんじゃないかなーとか思ったりもしています。

 ひるがえって目の前の試合ですけれども、雪は降るしお互いに攻めきれない感じだし、なんだかなーとか思っても不思議ではない試合展開なのですが、最初っから最後までワタクシ、一瞬たりとも飽きるコト無く見るコトが出来ましたよ。コレはもう単純にそして素直に、サッカーとしてのレベルが上がっているからなんだろうなーと思います。

 去年の秋に新潟まで日本代表戦を観に行ったのですがソノ時もですね、レベルの高さに驚いてしまいましたよ。日本代表戦を観たのは2001年に仙台で行われたキリンカップ以来でして、ソノ時はまぁまるっきり面白くも何ともなくてですね、見所と言えば後半途中から出場した、サイドバックが本職の中西をFWで出場させたトルシエのオカシサっぷりぐらいしかなかったんですけれども。

 新潟での試合は、ゴールを決めさえすれば5-0位の結果に落ち着きそうなトコロが0-0の引き分けに終わってもですね、ワタクシ的には非情に面白い試合を観させて頂いたと、感動しておった次第です。まぁコレは日本代表戦の話ですが。

 山形対名古屋も0-0の引き分けに終わりましたが、両チームとも良くやった。ナイスゲームだったよ!と選手達には聞こえるワケもないのですが、声をかけさせて貰いました。

 Jリーグバブルの頃は全く内容が伴わない中で観客が異常に増え、そうでもないんだなーと気が付いた人々がJリーグから離れ、人気・興業面の両方で危機を迎えたJリーグですけれども、現在は試合のレベルも選手のレベルも確実に格段と上がり、海外リーグにも負けないぐらい面白い試合がいっぱい観られるんじゃないかなーとか思ったワタクシは、今迄あまりJリーグの試合は観ていなかったんですけれども、コレからは可能な限り多く観てみようと心に決めてみました。

 そう言えばJリーグの観客動員数って言うのは、ドイツ・イングランド・スペイン・フランス・イタリアに次ぐ第6位なのだそうでして、バブルが弾けて底を経験したJリーグって言うのは気が付くとですね、一段ずつ足場を固める様にして成長しているんだなと感じずにはいられません。ワタクシ的にはしかし、ブラジルとかアルゼンチンとかの方が観客多いんじゃないだろかって気持ちは隠せませんが。

    帰り道と私   

スタジアム 秋田市を出発する時は晴れていて道路も真っ黒。近年は冬期間の積雪量も大分減り、3月になったらタイヤを冬→夏へと交換しても良い位なんですけれども、ソコはソレ今迄の経験上と申しますか習慣と言いますか、4月の上旬位まで換えられないよなーとか思いつつタイヤを換えてなかったのですが、この真っ黒な道路の上を4時間もスタッドレスを履いて走るのは、何て言うかスタッドレスが勿体ない!いっそのコト交換しちゃうか!とも思ったのですが、まだ4月じゃないので結局交換しないまま山形県天童市へと車を走らせたワケです。

 秋田県内を走っている時はズ〜ットですね、あぁ〜タイヤ勿体ねぇ〜、ヤッパ車出すなんて言うんじゃなかったぁ〜等と心の中でブツブツとボヤキながら走っていたんですけれども、秋田←→山形間の県境にあるトンネルを抜けるとですね、何て言うかイキナリ雪景色になっているじゃないですか。イキナリとは言いましても、ソノ時は道路も真っ黒でですね、道路の両脇に広がる景色が白かったダケなのですが。

 県境を離れ、天童市に近づくにつれて雪景色もなくなり、あぁアレはヤッパリ県境付近の山っぽい辺りダケのコトだったかとホッとしておりましたトコロ(雪がない路面を走るとスタッドレスが勿体ない!って思いつつも、ヤッパリ黒い道路の方が運転しやすいので気が楽で)、試合の後半からは本格的な雪になって来たじゃないですか。ソノ時のワタクシはそうでもなかったんですけれども、友人Kは体の震えが止まらない様でした。

 試合が終わった後、車まで引き返すワケですがワタクシですね、キーを上手く掴むコトが出来なくてウロタエてしまいました。見るとワタクシの指がもう、アマリの寒さでガチガチに震えているんですよ。その後車に乗り込んでヒーターを全開にするんですけれども、充分震えが止まるまで10分ぐらいはかかったんじゃないかと思います。

 まぁしかしですね、6000台停められる駐車場のコト、どうせシバラクは混んでいるんだろうから、丁度良い時間つぶしだ!とか思っていたんですけれども、ワタクシの回りにいる車がですね、10分経っても微動だにしていないんですよ。なんなんだコノ混雑は!と思いながらもう10分待ってみたんですけれどもヤッパリ周囲の景色に変化は無く、ダメだコリャ!と思ったワタクシはようやくアクセルを踏み込んだんですけれども、ソコから国道に出るまで30分位の時間がかかってしまって、それダケでもうクタクタでした。

 来る時は国道から2分も走らない内に駐車場内へ辿り着けたと言うのに一体全体どう言うコトだ!なんて思わなくもありません。試合が終わったあとはですね、天童市内で美味しいと言われている食べ物屋さんに入って山形気分を満喫しよう!とも思ったのですが、もう一刻も早く秋田に帰りたかったので、脇目もふらず運転を続けました。

 帰り道はもう、新庄市を過ぎた辺りから本格的な雪と言うか吹雪に見舞われまして、道路も雪に覆われて真っ白になったりしてですね、あぁ〜スタッドレス履いてきて良かった。夏タイヤだったら事故ってるトコだよ!とか思いつつもですね、秋田迄帰り道ずっとコレだったらヤバイなーとも思ったのですが、秋田県に入って湯沢を過ぎる頃になると雪も止み、って言うかハッキリ言って秋田市内に入るとまるっきり雪が降った形跡がドコにもないコトが判明致しまして、秋田でジッとしていればあんなツライ目にあわずに済んだんだなとか思うと、なんだかホロリと泣けてきましたよ。

 でもコレからはですね、雪も降らなくなって温かくもなるワケですし、夏タイヤに換えた暁にはマタですね、バンバンとNDソフトスタジアムまで出掛けてみたいと思います。