第一報は女王様から伝えられた。その日付は忘れるコトが不可能な程B食クラバーの脳裏に鮮烈に焼き付き、その日からB食クラバーは、開店の日を指折り数えながら、なんだったらカレンダーに1日ごとに×印を付けて行くぐらい、心待ちにし続けていた。
ソレは2006年の暮れが、押しも押されて押し迫り切った12月26日のコト。NORADの追跡を振り切るのに一所懸命だったサンタクロースからの、1日遅れのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
つけ麺で有名な店が秋田に来るよと聞いたB食クラバーは、まさか大勝軒が来るワケないよな?と思いながらも、何かの期待を込めつつ女王様にお伺いを立ててみると、ソノ店は紛れもなく間違いなく、明示的に大勝軒である、とのお返事を頂いた。
声もなく、手にした杖を落とすB食クラバー。そして、B食クラバーの手から離れた杖は音もなく、床に転がり果てていった。さっき迄人間を支えるために使われていた道具が、その宿主を失ったために重心を失って倒れていくコトの儚さを感じながら、ようやく聞こえる程の微かな声で、『ホントですか?』と、気が遠くなるのを感じながら女王様に問い直してみる。『ホントだよ。』…女王様の唇は、スローモーションで動く。
プールなんかで耳の奥の奥迄水が入り込み、聴覚どころか体の全ての感覚が鈍くなり、自分が自分では無い様に感じられるアノ嫌な感覚にも似た現象から、一気に解き放たれるB食クラバー。頬は紅潮し、心拍数が急上昇する。興奮を抑えるコトができない。ヤッター!と心の中で叫び、見ず知らずの方々に胴上げされている様な、そんな感覚にしばし身を任せる。
大勝軒で修行を積んで、暖簾分けして貰って開業した店の数はカナリあると聞くが、秋田はモチロン、東北でも聞いたコトがない。もしかして東北初出店だろうか!と思って調べてみると、どうやら山形県に存在するらしい。
山形県と言えば、B食クラバーが愛してやまない鯛焼きの名店『わかば』の姉妹店もあるし、何げに侮れない。山形はヒョットして、東京の食文化が素直に受け入れられる土地なのだろうかと、勝手に想像してみる。
つけ麺と言えば、無視できないのがクラバーKの存在だ。外食に、って言うか出掛けるコトに興味がない!と言っていたクラバーKも、つけ麺だけは食べに出掛けていたと言う程のつけ麺好きだが、大勝軒がオープンするとの情報は、一切教えなかった。是非一緒に行こう!って言われるのが恐かったのがソノ理由だ。
クラバーKと言えば好みが偏っている上に、カナリのひねくれ者なので、例え大勝軒のつけ麺を食べて美味しい!って思っても、ソノ感想を素直に言わないのは目に見えている。コッチが久しぶりに食べる大勝軒の味を懐かしさと共に(東京まで移動しなくても食べられる!と言うお手軽さも含め)噛みしめている時に、横で素っ気ない顔をされたら、自分が気分を害すコトは間違いない。
人間に限らず、コノ世に生を受けている生き物は、生きていく上で様々な智恵を身に付けていく。B食クラバーも当然、その恩恵に授かっている。避けられる悲劇にはなるべく近寄りたくない。そんなワケで今回は、クラバーRさんと共に向かった。
気が付けば2006年は終わり、2007年になっていた。そう言えば、オープンの正確な日付を聞いていなかったなと気付き、やや焦るB食クラバー。まぁでもソノ頃になれば、チラシがバラ巻かれたりタウン情報誌で紹介されたりとかされるに違いないと、ノンビリ構えていたのだが、いつまで経っても、そう言う情報はキャッチできない。
もしかして準備が捗らずにオープンが延期されているのか。それともマサカ、ヤッパリ秋田に店出すの止ぁ〜めた!とかってコトになってるんじゃないかとか、ネガティブな発想が次から次へと、浮かんでは消えていく。
その悪循環を絶ってくれたのは、ヤハリ女王様だった。2/2の11:00から営業を始めると言う。つけ麺好きたるモノ、本来ならば営業開始時間から乗り込むべきかとか、何だったら前日の夜から泊まり込んで一番乗りを目指すべきかとか思ったりもしたが、2月の寒空の元一晩過ごし、そしてようやく食べるのが、体を温めるにはやや不充分と思われるつけめんでは如何なモノかと思ったので、ココは暖かい昼に、ユックリと出掛けるコトにした。只単に寒いのが嫌だとか、そんな単純な理由からでは断じてない。
全国的に有名な店が秋田に出店したのだから、店の前には大行列が出来ているかもしれない。東池袋店では当たり前の2時間待ちとかって事態になってたらどうしよう?とか焦ったりもしたが、大勝軒の秋田デビューである。むしろソレぐらいの方が相応しい。緊張しながら大勝軒の前に辿り着いてみたが、想像された混雑も、開店時特有の花輪なども一切見当たらず、あたかも何年も前からソコに存在していた様な風情で、大勝軒は佇んでいた。
もしかして沢山のお客さんが来過ぎた大混雑の結果、材料が無くなって店を早終いしたのかとか思いながら、大勝軒の扉を開けてみた。すると店内には数名のお客さんがおり、店員さんが『いらっしゃいませぇ〜。』と迎えてくれた。食べるコトが出来る!とホッとしながら席に着いた。
メニューを見ると、ラーメンとつけ麺の2種類しかない。あれ?おかしいな?と思って、『あつもりありませんか?』と店員さんに聞いてみると、開店から一週間はコノ2種類しかないと言われたので、つけ麺を頼んでみた。落ち着いたトコロでメニューを見直してみると、コノ2つのメニューは、開店から一週間ダケの特別メニューだとチャンと書かれていた。自分の興奮具合に、コノ時初めて気付く。ちなみにあつもりとは、温かい麺を温かいスープに入れて食べるモノで、つけ麺ってのは冷たい麺を温かいスープに入れて食べるモノだ。
大勝軒は大きく2つの流派に分かれていて、ドチラの流派が来るのかB食クラバーは若干不安に思っていた。看板を見ると『東池袋』・『山岸』と書かれていて、店内にはつけ麺の神様、山岸氏の色紙が貼られていた。間違いなくB食クラバーが良く通っていた店からの暖簾分け店だと確信し、アドレナリンの分泌量も激しくなる。そして遂に、つけめんが到着した。
見慣れた器に出される麺とつけダレ。あぁ間違いない。コレコレ。と思いながら一気に食す。麺だけが盛られたドンブリから麺を取り出し、スープだけの器に入れて、食べる。食べる。フランチャイズとは違い暖簾分け店なので、各店毎に味が違うのは当たり前で、例えばコノ店も、麺がやや太めかなぁと思える。チャーシューも短冊形に切られていたりする。ココが各店主の腕の見せ所だ。しかしスープの味には、大勝軒特有の甘酸っぱい感じがし、久しぶりに食べる懐かしさを感じる。
食べ終わったトコロでホッとしながらメニューを見てみると、特別メニューの下から通常メニューが透けて見えている。覗いてみるとソコには、あつもりとかもりそばとかチャーシューとか書かれていたので、その頃にはあつもりも食べられるらしい。近日中にもう一度マタ来るぜ!と固く心に誓うB食クラバーの心を過ぎったのは、それにしても何故、取り立てて何の宣伝もしていない大勝軒オープンの情報を女王様が知り得たか?ってコトだった。さすが女王様!としか言い様がない。
トコロで、つけ麺の神様が営む東池袋の店だが、地域の再開発に伴い、閉店するコトが決まった様だ。自身、高齢だったり、体を動かすのが辛かったりと言うのも理由らしいが、残念でならない。