月曜日だと言うのに、夜の川反は結構な人で賑わっていた。ヒョットしたら、もっと寂しい
人出のウィークエンドナイトもあったかもしれない。どぎついイエローが、夜の街で一際異彩
を放つ看板を持つ店がビリー・ザ・キッドである。そのヘビーさゆえに、今迄ナカナカ足が向
かなかったのだが、今日ようやく伝説のガンマンに会えるのかと思うと指先が少し震えた。
店の前迄来たモノの、まだ怪しさを拭い去るコトが出来ず、躊躇しながら足を進めていたの
だが、入り口のガラス越しに覗いた店内に佇む1人の女性を見た瞬間、視線が釘付けにな
った。天使の放つ矢に心を射抜かれた気分でもある。
紺色(黒だったかもしれない)のTシャツにGパン(フツーのパンツだったかもしれない。)と
至って呑気な服装をした彼女は何と頭にテンガロンハットを被っており、その一点があるが
ゆえに、気絶しそうな程悩ましく、非現実的であった。一体何故こんな格好をしているのか。
店長の趣味?本人が好きで?確かなのはタダ一つ、この時ホンの一瞬ではあるが女王様
と一緒にいるコトを忘れ、更に本人の意思とは無関係にB食クラバーの腕が勝手に動き、気
が付いたらドアが開いていたと言う事実のみである。
『いらっしゃいませ!』と彼女は微笑みながらお辞儀したのだが、そのお辞儀の仕方が、
日舞の師範代を思わせる程優雅な上、アコ6の社員教育で体に染み込まされたのかと疑
われる程に丁寧だった。その様子が彼女の外見とはアマリにも懸け離れていたので、思わ
ずココ笑ってイイトコですか?と、女王様が後にいるコトを思い出したので振り返ってみると、
女王様も明らかに何かを期待している表情をしていた。お互いの気持ちをアイコンタクトで確
認しあった女王様とB食クラバーは、店内に向かって力強い一歩を踏み出した。
雑誌の写真で見た時はドライブインの様な店内で、カナリ広い様に感じたのだが、実際は
綺麗な板張りが施され、4人掛けのテーブルが3つと、2人用のカウンターが1つあるだけの
こぢんまりとした内装であった。って言うかそもそも、2人用のカウンターって何なんだ。
メニューを広げてみると、メインはステーキ2品、ハンバーグ1品の3点のみ。いやいや、コ
レ何かの間違いでしょと思い、2〜3度メニューを最初っから最後迄見直してみたが、ドコをど
う見ても3点以外見つからなかった。しかも、ドコから仕入れたのかカナリ気になる仕上がり
具合の、サボテンやら何やらのウェスタンな雰囲気を強引に感じさせる絵が貼られている。
そう、貼られている。今時、大抵の飲食店のメニューは、写真をスキャナで読み込んだり、
カラープリンタで印刷したりで、微妙に手作りな風情を醸し出しながらも、少なからずハイテ
クノロジーを感じさせるのだが、コノ店のメニューはマジックで書かれ、絵は鋏で切った上に
糊で貼られている。まさに列車強盗華やかなりし頃のアメリカ中西部を思わせるローテクノ
ロジー。デロリアンで時間設定を間違ったままタイムスリップしたかの様である。ハンバーグ
とステーキを頼み、それぞれ半分コするコトにした。
ウェイトレスが水を持って来た。テーブルを離れる時に、再び見せるあのお辞儀。注文を聞
きに来る。またもや見せるあのお辞儀。ステーキを持ってくる。しつこく見せるあのお辞儀。
ハンバーグを持ってくる。コレでもかと見せるあのお辞儀。女王様とはカナリ会話も盛り上が
っていたのだが、ウェイトレスが登場する度に2人とも氷河の中で発見されたマンモスの様
に凍り付いていた。そして、彼女が離れる度に大爆笑。店の人は、あの2人組は何でそんな
に笑っているのか不思議だったに違い無い。
外見で人を判断するな!とは、古来から日本人の美徳として脈々と受け継がれてきた由
緒正しいスピリットであるが、この場合、外見通りにしろ!と言いたくて仕方ない。テンガロ
ンハットを被った、ワイルドな(印象の)女性が、おへその下辺りで両手を重ね合わせ、深々
とお辞儀をするのである。そんなお辞儀なので両腕の関節も90度に曲がるのであるが、そ
の開き加減も可笑しくてたまらない。
例えばコレが料亭での出来事で、和服を着た女将さんがやってくれるのなら、あぁ、丁寧
な応対をしてくれてありがたいな、とか思うのだが、テンガロンハットを被った人がやるべき
では無い。『ハーイウェルカム!ドゥユハブエニイサパー?ハイホー!』位やっても違和感が
無い位の格好で正しくお辞儀されたら、床が透明なエレベーターで60階迄昇る位の不安感
が足下から込み上げてくる。
良く考えたら、タマにハリウッド映画に登場する間違った描写をされた日本人社会のシー
ンと完全にシンクロする。おいおい、そりゃ違うだろ!と突っ込んだ上、その突き抜け感に、
日本人であるコトすら忘れて大爆笑してしまう。そんな体験をリアルにしてしまった。
おかげで、本人達は30分位しか店の中にいた実感が無いのに、気が付くと2時間あまり
の時間が経過していたコトに気付き愕然とした。ウェイトレスが2度目のコーヒーのお代わり
を聞きに来たコトを合図に、ようやく我に返る。月曜の夜から一週間分まとめて笑い、その
笑いの質ゆえに、一週間分の体力を消耗したかの様な疲労を感じた。その疲れは、体に心
地良いモノであったが。
店内にはもう1人ギャルソンがおり、彼もやはりテンガロンハットを被っていた。彼が調理し
ているのかと思い、会計時に厨房を見てみたら、もう1人、ごくフツーの料理人の格好をした
シェフがいた。コノ辺少々ガッカリ。ギャルソンがどんなお辞儀をするのか、見るチャンスに恵
まれなかったコトも悔やまれる。
店を去る時ウェイトレスに、『今日、味の方は如何でしたか?』と聞かれたが、2人ともテン
ガロンハットとお辞儀と、鉄板の半分を覆い尽くす程盛られたコーンのコトしか頭にない。気
まずい沈黙が流れた後女王様が、『ハンバーグのソースが美味しかったです。』と、素晴ら
しい切り返しを見せ、その場をまとめた。
ホッとした2人が店の扉を開けると、その後方から『アリガトウございました!』と言う彼女
の声が聞こえて来た。店を出ながら視線の隅で捉えた彼女は、やっぱり両手をへその辺り
で組み、深々とお辞儀をしていた。
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